エイっと思い切って飛び込んでコンテストへの挑戦が始まったとき

グランプリへの奮闘記

セミファイナルの結果を待つ瞬間

その年の本格的な夏が始まった2017年7月20日、

セミファイナル進出発表の20時を15分過ぎても結果を知らせるメールがありません。

ドキドキしながらも、実はちょっと自信があったのです、根拠はないけれど。

待てども、待てどもそれでも来ない連絡…。

20時までに連絡がない場合は不合格ですって事前に提示されているのに、

20時過ぎてもしつこく待っている私。

さすがに「あー、やっぱりまたダメだったんだ」

結構な打撃を受けながらションボリした瞬間、メール受信とともに、スマホのコールが鳴りました。

「おめでとうございます。貴女は、ミセス日本グランプリファイナリストに選出されました。選考が難航しまして、予定の時間を過ぎ、順番に電話でお知らせしています。つきましては今後のスケジュールをメールで送らせていただきます。」

ヤッター!!!

私が第10回ミセス日本グランプリファイナリストになった瞬間です。

2019年1月1日初日の出 潮見坂

私がミセスコンテストに応募したキッカケ

この夜、ファイナリスト選出の知らせを待ちながら、

「やっぱりまたダメ…」そう思ったのは、

実は前年度第9回も応募していて、書類選考通過をしてからの次段階であるセミファイナルで落ちていたからなのです。

行きつけのカフェスタッフの方から、

「ミセスコンテストとか出るといいのに、美魔女とか」そんな風に言われて、そんなのあるの?(この時点でかなり無知)と思って調べた私。

辿り着いたミセス日本グランプリのHPには、

キラキラのファイナリストたちがみんなでボランティアをしていて、

輝くばかりの笑顔、笑顔、笑顔…。

2019年12月12日名古屋城清掃ボランティア

地方都市に住む平凡な主婦(編集ライターの仕事はしていましたが)からすると、そこはまるで別世界。

それでも応募してみようと思ったのは、

携わっているフリーマガジンの締切に追われて四苦八苦しているだけの毎日の中で、何かに向かって挑戦する刺激が欲しかったから。

創造的な仕事で媒体発行時には達成感もあり、それなりに充実はしていたけれど、

社会人となった息子2人の子育ても完全に終わり、今いる世界よりもっと視野を広げたかったのでしょう。

尻込みする気持ちを振りしぼり、ママ友たちと旅行に出かけたときに撮ってもらった写真と、プロフィールを思い切って送っていました。

1人では絶対にできないボランティアも、メンバーと一緒にできたら素敵!という思いはもちろん、名刺に肩書き増えるかな(笑)

そんな邪念も持ちながら、無謀な私のチャレンジが始まりました。

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