酔狂は蜜の味 ~これからの時代の会場選び~

演出

最後に映画館に足を運んだのはいつだったか、思い出せますか。

あ、この映画観たいな。でもな。

忙しいから、家事に追われているから、子供の寝かしつけがあるから、その映画は通勤ルートにない単館でしか上映されていないから。なかなか映画館に足が向かない理由を、私たちはたくさん持っています。

もちろん物理的・時間的障壁もありますが、それ以上に、見えないハードルが隠れているとは考えられないでしょうか。

“わざわざ”行くという見えないハードル

私はそのハードルを”わざわざ”感だと考えています。

自宅で点けたテレビから流れる金曜ロードショーとは違って、「”わざわざ”行くからには、気持ちの損をしたくない」という不安と損得勘定が、私たちに二の足を踏ませるのです。

平日の夜、仕事をなんとか早く切り上げて映画館を訪れ、2時間と、1.900円を献上した。

なのに。

もし映画が面白くなかったら、途中で展開に飽きてしまったら、好きな俳優の変貌ぶりにショックを受けたら、横の人のポップコーンを食べる音で気が散ってしまったら。

”わざわざ”時間を割いて映画館まで向かった”のに”、この2時間分損をした気がする。そう、機会費用という感覚です。

今回のテーマは、この心理に注目した、スピーチやプレゼンをする際の会場選びのお話です。

映画館に限らず実会場まで足を向けさせるために、この課題と向き合うことからは決して逃れられません。”わざわざ・・”という気持ちのハードルを少しでも下げるべく、まず交通の便も良く誰でも行きやすいような会場を選ぶことが、賢明のように思えるかもしれません。

4万人規模の野外ステージ、200人の小さなテント

ここであえて、小さくて遠くて”わざわざ”行かなくてはならない、不便な会場のお話をします。

200人ほどしか収容しないテントで、名前は「カフェドパリス」です。

このテントはフジロックという、野外音楽フェスティバルにおける会場のひとつにあたります。知る人ぞ知る、マイナーな会場です。

カフェドパリスに1時間かけてたどり着いた猛者たち

こちらは入場ゲートから最も遠い奥地にあります。Google map上の直線距離では約2.9km、徒歩38分と表示されますが、体感としては歩いて1時間近くの距離といえます。なぜならば、道中に平坦な道はほぼ見当たらず、たどり着くためにはうねりのある山道や橋、雨によるぬかるみ、折れそうになる心、さらには途中で登場する他のステージからの誘惑に打ち克ち続けなければならないからです。

対照的に一番規模が大きくメインを司るのは、「グリーンステージ」という野外ステージです。その収容人数は4万人にもなります。

グリーンステージ、圧巻の広さ。開放感と集客キャパシティを誇ります。

こちらは入場ゲートに近く基地のような位置づけとなり「とりあえず通る」場所なので、”わざわざ”来たという気負いを伴わないというメリットを持ちます。加えて、野外音楽フェスの醍醐味が詰まっているのです。迫力や広さは言わずもがな、ステージ脇には映像を映し出す大型ビジョンがあり、アーティストの顔のアップやビデオ・インスタレーションなどが映し出されます。堂々たる音響システム、目まぐるしく繰り出されるレーザー光線やスモークなど、自由度の高い派手な演出が可能となることが魅力です。

ボブ・ディランやレッドホットチリペッパーズ、星野源さんや椎名林檎さんに加山雄三さんなど、誰が聞いても名前を知っているような大物がこちらの会場にブッキングされます。

このように、 パリスとグリーンとでは、その集客のハードルの差は歴然です。

近くて、便利で、簡単に行けて、気軽に有名人を観れるグリーンの方がよっぽど満足度は高いと考えられます。

ですが両方に足を運んでみて、気づいたことがあります。

グリーンには利便性と気軽さと迫力があります。パリスにはありません。

ですが、グリーンを凌ぐ、パリスならではの強みがあるのです。一体それはなんでしょうか。

あなたは酔狂をつくれるか

ヒントはステージ側ではなく、観客席の方にありました。

二つの写真を見比べてみてください。

(左がグリーン、右がパリス)

観客たちの姿勢と熱狂ぶりの違いが、見て取れないでしょうか。

パリスは狭く密閉度が高いため、とにかくアーティストと観客との距離が近いのです。音響システムや迫力はグリーンには劣りますが、コンパクトな分、肉眼でアーティストの息遣いや額に浮かぶ汗までみとめることができます。そう、小さな会場には、一体感を得やすく熱狂を作れるという最大のメリットがあります。

グリーンのような広さと開放感は、逆にデメリットになる場合もあります。もちろん前方に詰めかけた一部の観客たちは、力の限り拳を突き上げてステージに集中しています。

しかし、写真のようにステージから離れた後方部に位置してしまうと、多少、人は気がそぞろになります。目に入るものも多くなり、スマートフォンをいじったり、横の人と談笑したり、曲目の途中で移動しても目立ちません。

自由度が高いというメリットからは、注意力が散漫になってしまうというリスクが生まれます。「大勢で鑑賞している」という感覚にも陥りやすく、臨場感が薄れるという事実は認めざるを得ません。

この温度差は人を白けさせ、記憶への刻まれ方はぼんやりしたものになるという落とし穴を持ちます。あくまでも比較の話ではありますが、簡単に行ける上、ゆるい空間でその他大勢と共有できてしまうものは、感動を呼び込みづらいのです。

・・・お手軽に引っかけた女よりも、苦労して手に入れた女の方が忘れられない、というあのセオリーに近いものを感じます。 このように「ここまで来たのだから集中して観よう」という気合いを客サイドが持ちやすくなるということは大きな力です。

また、どちらのステージにても、アーティストが「一緒に歌いましょう」とマイクを客席に向けるという場面がしばしばあります。

グリーンのように周りとの距離が保たれていると冷静さをついつい取り戻し俯瞰してしまう上、歌ってみたとしても自分の声の方が大きく耳に入り、いまいち入り込めないという事態も起きがちです。しかしパリスのように密閉感があると、周りの観客の声が自分をぴったりと包むため、羞恥心が麻痺しやすくなります。声を出して歌い身も心も会場全体の雰囲気に委ねることで、さらに一体感は深まるのです。

このように熱狂は酔狂になり、酔狂は快楽となり、結果、「ハマる」という継続性への足がかりを生むのです。

加えて、「ここまで来てくれたのだから、その期待に応えたい」というプレッシャーは、アーティストにとってもパフォーマンスを磨く気迫に成り代わるでしょう。その独特の緊張感は心地よい重荷でもあり、互いの間には一種の信頼関係が生まれるという現象を巻き起こします。

このように、”わざわざ”行くという行為に伴う心理は、味方につけることもできるのです。

ハイリスクかもしれません。ただ、時間と苦労をかけて足を運んだという観客側の期待値の巻き込みが成功した場合、その日得られた感覚は、相互にとってやみつきの蜜の味に変わるのではないでしょうか。

期待値の設定、そして回収へ

 立地や空間が既に哲学的イメージをまとう場合、そこに集まる聴衆がすでにその世界観を頭の隅に持つという前提は、利用する価値が確実にあるでしょう。

例えば伝統工芸を支える職人の技術の尊さや、町工場の存続という問題を訴えたいと仮定します。

アクセスが便利でキャパシティも大きな国際フォーラム(@JR有楽町)で話をするより集客数の分母が格段に減ったとしても、実際の下町の工場を開放して会場に見立てた方が効率的に固定ファンを獲得できる可能性が高いです。会場への期待値を、自分への期待値に転用させるというテクニックもあるのです。

ただしコンセプトにぶれがあったり、自身が持つパブリックイメージがまだ弱かったりと、キャッチ力が足りない場合はまずは「ここなら近いし行っても良いかも」と思ってもらえる会場を選び、段階を踏む方が得策の場合もあります。

最大公約数を獲りにいくか、少数精鋭の狙い撃ちをしにいくか。

あなたにとっては、どちらのハードルの方が高いでしょうか。

自身の持つイメージによって会場の特性を比較し取捨選択していくということは、欠かせない戦略だといえます。

まとめ、これからの時代へ

昨今の働き方の自由化やリモートワークの導入などにより、私たちはこれまで当然とされていた、同じ会社(職場)へ行くというコミットメントから解放されつつあります。

また、オンラインサロンの流行やwebカンファレンスの標準化などにより、自宅を出て足を運ばずともスピーチやプレゼンテーションを閲覧し、情報を収集することができる時代へとシフトしています。

そんなこれからの時代だからこそ。

実際に足を運んでもらうよう参加を呼びかけ、自分の生の声でメッセージを伝えるというライブの機会をつくる際は、ターゲットの持つ期待値と自分の狙いとの拮抗を必ず考えていかなければなりません。

来てくれた聴衆へのおもてなしの精神を持ち、お土産つきで期待値の回収までさせるというプロ意識を鍛錬し、質の高いパブリックスピーキングを時代に刻んでいきましょう。



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