オバマとチャップリン、原稿を読んでも感動的なスピーチに!?

シナリオライティング

コロナ禍の安倍総理の会見について、原稿を読んでいるだけだから、気持ちが伝わってこない。プロンプターを見ているから、言わされているように感じる。という批評を多く見かけます。

でも有名なスピーチって、原稿を読んでいたり、プロンプター使っていたりしていたような気がするのですが・・・

本当に原稿やプロンプターを使うと、感動的なスピーチが出来ないのでしょうか?

有名なスピーチの原稿持ち込み事情を調べてみました!

有名なスピーチは、原稿を持ち込んでいないのか?

実際の名スピーチで、原稿やプロンプターは使われているのでしょうか?

近年、最もスピーチで有名になった人と言えば、オバマ前大統領でしょうか。オバマの主な演説を見てみましょう。

まず、2008年の大統領選勝利演説です。「Yes We Can」で有名になったスピーチです。

引用:https://www.youtube.com/watch?v=7wJ-2Zu_Iic

このスピーチのすごさは説明不要かと思います。では、スピーチは原稿を覚えて行っているのかと言うと、どうでしょうか?

引用:https://www.youtube.com/watch?v=7wJ-2Zu_Iic

ごく普通にプロンプターを使っているではありませんか!!

なんのためらいもなく、プロンプターです!

では、他のスピーチはどうでしょうか?

2009年にプラハで「核なき世界」を訴えた、ノーベル平和賞を受賞するきっかけとなったスピーチを見てみましょう。

プロンプター は・・・・

引用:https://www.youtube.com/watch?v=6gW8x6Tp8sU

いや、さっきより近い所に置いてます!

堂々としすぎなくらい、置いてます!!

極めつけは、2016年に広島で行ったスピーチ「だから私たちは広島に来る」です。

このスピーチはどうでしょう??

引用:https://www.youtube.com/watch?v=c32_LCVdjzc

あれ? プロンプターがありませんね。

無い? もしかして、全部覚えてる?

ん??

あ!!普通に原稿読んでますね!

プロンプターを使っていませんが、演台に原稿を置き、ちょいちょい下を向いて原稿を追い、ペラペラと原稿をめくりながらスピーチをしています。

オバマのスピーチは全部、原稿やプロンプターを使用しています。

でも、感動的なんです。

オバマだけじゃない?原稿を読んでいる名スピーチの数々

その他の、動画が残っている有名人のスピーチを見てみましょう。

まずは、キング牧師です。キング牧師のあの有名な “I have a dream” のスピーチですが、

引用:https://www.youtube.com/watch?v=eQ6q2cnVXqQ&t=327s

ちょっとわかりにくいかもしれませんが、見事に原稿を読み上げています。知りませんでした。

ケネディ大統領が1961年に行った「アメリカ国民よ、国があなたたちに何ができるかを問うのではなく、あなたたちが国に何が出来るかを問うのです」の大統領就任演説や、スティーブジョブズが行った、2005年のスタンフォード大学卒業式の祝辞で述べられた「ハングリーであれ。愚か者であれ」も、どのスピーチも原稿を読んでいます。

最近話題になった東京大学教授上野千鶴子さんの2019年度の東大入学式の祝辞「ようこそ、東京大学へ」のスピーチに至っては、原稿を読んでいるのはもちろん、棒読みでもあります。

ということは、原稿を持ち込むことと、スピーチが感動的になることは、大きく関係しないということでしょうか?

いや、でもそれ以上に原稿を見ていないスピーチは凄いのかもしれません。

原稿を見ていないスピーチも見てみましょう。

原稿が無いことで成功したスピーチ

原稿を持ち込まずに行った、有名なスピーチを探してみました。

まず有名なものが、2005年に小泉純一郎総理が行った、郵政解散演説です。

郵政民営化法案が否決されたため、衆議院を解散した直後に、小泉純一郎総理は、テレビに向かってスピーチを行いました。

私は(間)4年前の(間)自民党総裁選挙において(間)自民党を変える(間)変わらなければぶっ壊すと言ったんです。(間)その変えるという趣旨は(間)今まで(間)全政党が(間)郵政民営化に反対してまいりました。(間)なぜ民間にできることは民間にと言いながら、この郵政三事業だけは民営化してはならないと(間)私はこれが不思議でなりませんでした

このスピーチは、原稿がないために、独特の間とリズムがあります。間は、単なる時間のスペースではなく、必死になって、次の言葉を懸命に探している時間です。

このような間は、原稿を読みながら話すスピーチでは生まれません。懸命に伝えようとしたことで生まれた間が加わって、力強いスピーチとなり、私たちの心を動かしたのです。

田中角栄、コンピューター付きブルドーザースピーチ

次に、田中角栄の選挙演説です。彼も、原稿を持ち込んでいません。そのため非常に力強いスピーチになっています。

田中角栄が1962年に大蔵大臣に就任した際に、官僚たちに語った伝説のスピーチがあります。このスピーチで、田中角栄は、官僚の心を掌握したと言われています。

これから一緒に国家のために仕事をしていくことになりますが、お互いが信頼し合うことが大切だと思います。

従って、今日ただ今から、大臣室の扉はいつでも開けておく。我と思わん者は、今年入省した若手諸君も遠慮なく大臣室に来てください。そして、何でも言ってほしい。上司の許可を取る必要はありません。

できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上!

従って、今日ただ今から、大臣室の扉はいつでも開けておく。我と思わん者なんとも心揺さぶる、強い決意を感じさせる言葉ではないでしょうか。君たちは好きにやれ、責任は私が取る。そう言われて驚かない部下は、いないのではないかと思います。

これを原稿を見ながら言ってしまうと、威力は半減です。多少つっかえながらでも、原稿を見ていないことで、力強い訴えになっています。

映画なのに、原稿なしで作り上げた感動のワンシーン

せっかくなので、もう一つの面白いスピーチを取り上げたいと思います。

そのスピーチは、1940年に公開されたチャールズ・チャップリンが主演の映画「独裁者」のラストシーンです。

全世界の皇帝に君臨する野望を持つ独裁者と、ユダヤ人として迫害されていた床屋のおじさんが登場します。

この二人が瓜二つだったため、周囲の人たちが勘違いし、入れ替わってしまいます。そして、その床屋のおじさんが、多くの兵士と国民を目の前にスピーチを行います。

およそ3分40秒ほどのスピーチですが、これがすごいんです。なんと、原稿がなく、チャップリンがアドリブで喋り続けるんです。天才でしょうか?

少し、内容を見てみましょう。

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映画「独裁者」でのチャップリンのスピーチ(一部抜粋)

申し訳ないが・・・・・
私は皇帝になどなりたくない。

私には関わりのないことだ。支配も征服もしたくない。できることなら、皆を助けたい。

ユダヤ人も、ユダヤ人以外も、黒人も、白人も。私たちは皆、助け合いたいのだ。人間とはそういうものなんだ。お互いの幸福と寄り添いたいのだ。(中略)

非常に穏やかな口調で話し始めますが、後半はスイッチを切り替えたように、強く激しい口調になります、そして最後は絶叫で幕を閉じます。

闘え! 自由のために!!

今こそ闘おう。約束を実現させるために。
闘おう。世界を自由にするために。

欲望を失くし、嫌悪と苦難を失くすために。理性のある世界のために闘おう。

科学と進歩が全人類の幸福へ、導いてくれる世界のために。兵士たちよ。民主国家の名のもとに、皆でひとつになろう!

今でも、伝説として語り継がれるスピーチです。

チャップリンは、独裁者に対して感じていることを、そのまま言葉にし続けました。その感情が、原稿を通さないことでよりストレートに表現され、感動的なものとなったのではないでしょうか?

原稿を見ることなく、真っすぐに前を向いて訴える姿にも、心打たれるものがあります。

やっぱり、原稿を持ち込まない方が、感動的なスピーチが出来るのでしょうか?

結局原稿は、見ていいの悪いの?

オバマやスティーブジョブズは原稿を持ち込んでいて、小泉純一郎元総理やチャップリンは、原稿を持ち込んでいません。

結局、原稿を持ち込むのと持ち込まないのと、どちらが感動的なスピーチを出来るのでしょうか。

おそらくこれらの例からわかることは、どちらでも感動的なスピーチになるということです。しかし、原稿ありと原稿なしでは、得意分野が少し違うように感じます。

原稿があるスピーチは、大統領の就任演説など、間違いが許されず時間が30分にもおよぶような長時間の場合です。その内容を正確に全て覚えるのは容易ではないからです。

原稿を持ち込まないで、スピーチを間違えてしまったり、飛んでしまったら台無しです。

一方で原稿を持ち込まないスピーチは、メッセージが単純で間違いが許される場合ではないでしょうか。

田中角栄のスピーチは、途中でつっかえたり、言い直したりしても、最後の「できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上!」だけ噛まずに言えれば、バシッと決まります。

とはいえ、あの田中角栄です。つっかえることなくしゃべったと思われますが。

小泉総理の郵政解散演説は、一貫して郵政民営化の事しか話していません。

チャップリンのスピーチは、「独裁者を許すな、独裁者と闘え」を繰り返しています。

どちらも構図が単純で、同じメッセージを繰り返し言葉を変えながら話すスタイルです。単純なメッセージを、力強く聴衆に訴えるには、原稿を読まない方が有利です。

原稿を読まない方が良いのか、読んでもいいのかをまとめると、小泉総理の郵政解散演説や、チャップリンのスピーチのように、単純なメッセージを力強く訴えたいときは、原稿を読まない方が良い。

オバマやキング牧師のように、複雑で練り上げられたメッセージを訴えたいときは、原稿を読んでスピーチをする。

スピーチと、原稿やプロンプターを使う使わないの関係は、そういうことではないでしょうか。

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