安倍前総理とオバマ前大統領、想いの力でスピーチは変わる!

シナリオライティング

2020年8月28日、安倍前総理が辞任を発表した会見は、安倍前総理がこれまで行ってきた会見に比べ「感銘を受けた」など、良い印象の反応が多く見られました。

病気による辞任なので、同情を買っただけという意見もあるようですが、本当にそれだけでしょうか?

スピーチの天才と呼ばれたオバマ前大統領のスピーチと、安倍前総理の辞任スピーチのどこが違ったのか、大統領補佐官でスピーチライターのベン・ローズの証言を基に考えてみました。

安倍前総理の過去のスピーチ

まずは、安倍前総理の過去のスピーチを見てみたいと思います。

今回取り上げるのは、2016年5月27日に広島で行った、平和記念式典でのスピーチです。

この日は安倍総理のスピーチの前に、オバマ大統領がスピーチをしており、戦争と平和と核兵器という、同じ題材でスピーチをしていますので、比べてみたいと思います。

動画を貼っておきますが、残念ながら、安倍総理単独の動画は残っていないので、オバマ大統領とセットになっている動画を貼っておきます。

日米両首脳による広島訪問―平成28年5月27日

このスピーチで安倍総理は、第二次世界大戦では敵国であったアメリカとの関係が、今では「心の紐帯を結ぶ友となり、深い信頼と友情によって結ばれる同盟国となった」と話しています。

スピーチの大半はアメリカとの関係を述べて、広島の被爆者に寄り添った内容ではなく、お世辞にも、被曝者から共感を得られる原稿ではありませんでした。

なおかつ、スピーチの合間に、たびたびオバマ大統領を見るように促したり、後ろにある記念碑を促したりしています。

このような身振り手振りによって、オバマ大統領が来日したことや、被爆者の慰霊の気持ちを表して、共感を広げようとしたのだと思います。

ですが共感よりも、あざとさが目立ってしまい、狙った効果が出ていませんでした。

原爆と平和という、日本人の共感を得やすい題材で、かくも見事に外してしまった、聞いてる人は、ほとんど感動を覚えない、スピーチの失敗例と言ってもいいと思います。

オバマ大統領の「だから私たちは広島に来る」を見てみよう

では次に、安倍総理の前に行った、オバマ大統領のスピーチを見てみましょう。このスピーチは、オバマ大統領のスピーチライターである、ベン・ローズが中心となって書いています。

オバマ前大統領のスピーチは「だから私たちは広島に来る」と、キャッチコピーが付けられています。

安倍総理のスピーチと違い、キャッチコピーが付いて動画が何本も残っていることは、オバマ大統領のスピーチがどれだけ心揺さぶったかという、証拠ではないでしょうか。およそ17分くらいのスピーチです。

「だから 私たちは 広島に来る」:オバマ氏広島演説・ノーカット版

71年前、明るく、雲一つない晴れ渡った朝、死が空から降り、世界が変わってしまいました。閃光(せんこう)と炎の壁が都市を破壊し、人類が自らを破滅させる手段を手にしたことを示したのです。

https://www.asahi.com/articles/DA3S12380530.html

大変印象的な出だしです。

しかし、このスピーチの出だしは、これまでのオバマ大統領のスピーチとは全く違う始まり方でした。

2011年の大統領勝利演説や、ノーベル平和賞を受賞するきっかけとなったプラハ演説、オバマ大統領を一躍有名にし一夜にしてライジングスターとなった、2004年の民主党全国大会基調演説など、これまでのオバマ大統領のスピーチは、大きな声で、力強さを感じる話し方をしています。

ですが、今回の広島でのスピーチは、始まった瞬間に「声、小っちゃ!」と言ってしまうくらい、小声です。

本当に、冒頭を聴き比べると、驚くくらい、小さな声です。

ですが小声であることで、痛々しさや哀しみを、増幅して感じられます。

哀しみの旋律で、戦争が起こした悲惨な現状を語り、物語に引き込んでいきます。

私の国のように核を保有する国々は、恐怖の論理にとらわれず、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければなりません。

すべての人に与えられた奪われることのない価値。すべての命は尊いという主張。私たちはかけがえのない人類の一員なのだという根本的で普遍の考え。

これらが、私たち全員が伝えていかなければならない物語です。

それが、私たちが広島を訪れる理由です。

広島と長崎が「核戦争の夜明け」ではなく、私たちが道徳的に目覚めることの始まりとして知られるような未来なのです。

https://www.asahi.com/articles/DA3S12380530.html

スピーチの最後は、今までのオバマ大統領のスピーチと同じく、ハッキリとした、強い、大きな声で、広島だけではなく、長崎にも触れて、被爆者たちの思いを全て拾い上げようとしています。

そして、私たちが広島を訪れる理由は、「命の尊さを伝えること。そして、道徳を目覚めさせるためだ」と言って、スピーチを終えます。

このスピーチでオバマ大統領は、終始ゆったりと哀愁を漂わせ、ブルースのような旋律で話しています。

故郷を思う黒人奴隷たちが歌ったことが、始まりだとされているブルースです。

この旋律が、戦争や原爆の悲惨さと相まって、聞いている人の感傷を、湧きたたせているように思います。

この後に、先にあげた安倍総理のスピーチが始まるので、続けて見ていると「役者が違う!」と認めざるを得ません。

明らかに、哀しみを表現する力が違うのです。

ところで、オバマ大統領が広島スピーチで、ここまで表現力を発揮したスピーチができたのは、なぜでしょうか?

オバマ大統領のスピーチ、原稿の秘密

大統領補佐官で、スピーチライターのベン・ローズは、「だから私たちは広島に来る」のスピーチについて、オバマ前大統領がアメリカから来る際の飛行機の中で、何度もリハーサルを重ねていたと語っています。

更に、オバマ大統領自ら、スピーチ原稿を何度も手直ししていたとも話しており、それを裏付ける、直筆の原稿も公開されています。

引用:https://www.huffingtonpost.jp/2016/06/01/who-wrote-presidents-speech_n_10251370.html

オバマ大統領は、フィリピンへの外遊後の日本へ向かう飛行機の中で、何度も声に出して原稿を読み上げ、自ら原稿にペンを入れてスピーチの内容を練ったのですが、オバマ大統領はこれまでのスピーチで、原稿に手を加えた事は無かったそうです。

おそらく、リハーサルのたびに、広島、長崎への想い、核廃絶への決意が、彼を突き動かしたのだろうと思います。

今回、オバマ大統領は、沢山の方の被爆体験を織り込んで、自ら手を加えたスピーチ原稿を手に、アメリカ大統領として、初めて広島の地に降り立ちました。

そして、改めて原爆資料館や平和記念公園で感じたことを、

「71年前、明るく、雲一つない晴れ渡った朝、死が空から降り、世界が変わってしまいました」

と自らの言葉で表現し、冒頭の一節として付け足して、原稿を完成させました。

広島での二人のスピーチを比べると、安倍総理は同盟国としてのアメリカの重要性を、オバマ大統領は核なき世界というビジョンを表現しており、どちらがより多くの人の心を打つのかは、明らかではないでしょうか?

安倍総理の辞任会見は、想いがこもっていたのか?

広島でのスピーチはいまいちだった安倍総理ですが、辞任会見のスピーチは肯定的に受け取られました。なにが違ったのでしょうか?

「プロンプターを使っていないからだ!」と言う意見が、ネットにありました。

プロンプターとは、原稿を映し出す、透明なガラス板のことです。プロンプターを使うと、原稿がガラス版に反射して、目線を原稿に落とさずに会場を見ながら話すことができます。会場からは、透明なガラス板しか見えず、原稿は見えません。

オバマ大統領の、左右に立っているのがプロンプター

安倍総理の会見は、確かにプロンプターを使っていないのですが、原稿を手に持って会見場に入ってきて、普通に原稿を読んでいましたので、それは全く見当違いです。

「病気の人間を責められない」と、倫理観を持ち出した意見もありました。

確かにそれも一理ありそうです。

しかし、やはり一番の理由は、オバマ前大統領の広島でのスピーチと同じく、想いの含有量が原因ではないでしょうか。

「拉致問題をこの手で解決できなかったことは痛恨の極みであります。ロシアとの平和条約、また、憲法改正、志半ばで職を去ることは断腸の思いであります」

と、安倍前総理はハッキリと率直に、無念の心情を述べています。

総理大臣という、権力から降りなければならない無念さではなく、やりたいことをやりきれなかった無念さを、ハッキリと語っています。

そして、会見の原稿について、記者に質問されて、

「今日はぎりぎりまで原稿が決まっていなかったということもあり、私も推敲しておりました」

と、答えていました。自分で原稿を推敲した、という発言は、今まで無かったことです。

オバマ大統領は、核なき世界というビジョンを自らの言葉で語り、安倍総理は未来の日本のビジョンを自らの言葉で語ったわけですが、やはり言葉は内面湧き上がってくる、強い想いの含有量こそが多くの人の心に響くのだと思います。

今回広島スピーチや辞任スピーチを振り返る中で、想いを込めるとこの大切さを痛感しました。怒りであっても、哀しみであっても、自分の想いに向き合って言葉にしていきたいと思います。

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