スピーチライターの林です。
「スピーチが上手い有名人」と言われて、最初に頭に思い浮かぶ人物は誰でしょうか?
歴史上の人物だと、リンカーンやキング牧師。
最近だと、スティーブ・ジョブズやバラク・オバマ元アメリカ大統領がいますよね。
こういう時、名前が挙がるのって、ほぼ100%外国人です。
でも!!
実は日本にも、彼らに勝るとも劣らないスピーチの名手がいるんです。
しかも女性で。
誰だか気になりますよね?
それはこの人です。
![](https://www.communis.jp/blog/wp-content/uploads/2024/02/北条政子.jpg)
(画像:Wikipediaより引用)
みなさんご存じ、北条政子です。
「彼女がスピーチをした」という事実はあまねく知られていますが、そのスピーチのどこがどういう風にすごかったのかはあまり知られてないというのが現状です。
そこで今回は、北条政子のスピーチをスピーチライター目線で徹底解説していきます!
スピーチの経緯
![](https://www.communis.jp/blog/wp-content/uploads/2024/02/構図変更前-1024x576.png)
まず始めに、政子がスピーチをすることになった経緯について、簡単にご説明します。
時は鎌倉時代。
元々仲の悪かった鎌倉幕府と朝廷(※1)の間に、戦いが勃発します。
先に宣戦布告をしたのは、朝廷のトップだった後鳥羽上皇(※2)。
武士の政治に嫌気がさした彼は、御家人(※3)たちに「鎌倉幕府なんぞつぶしてしまえ!」と命令しました。
これに御家人たちは大パニック!
彼らは鎌倉幕府と主従関係を結んでいたため、本来ならば鎌倉幕府の味方をしなければならない立場です。
でも、事態はそう単純ではありませんでした。
というのも、当時、天皇は日本を創造した神の子孫という意識が強く根付いていたため
「なんか言ってるけど、テキトーに流しとこ」なんて態度は言語道断なわけです。
幕府には恩義がある…
でも朝廷を敵には回したくない…
御家人たちは鎌倉幕府と朝廷との間で板挟みになってしまいます。
どうしたらいいかわからなくなってしまった御家人たちは、政子の家へと向かいました。
朝廷を相手に戦うことになるかもしれないという不安を抱いている者、
どちらの側につこうか態度を決めかねている者も少なくありません。
このような状況で、政子のスピーチは行われました。
果たして彼女は何を語ったのでしょうか!?
※1朝廷…天皇を中心に貴族で組織された政府
※2上皇…天皇の位を退いた人
※3御家人…鎌倉幕府と主従関係を結んだ武士
スピーチの内容(現代語訳)
みんな、心をひとつにして聞きなさい。
これが私の最後の言葉になるでしょう。
亡き頼朝公が平氏を滅ぼし、鎌倉に幕府を開いてから、あなたたちの官位も給料もずいぶん上がりました。
平氏がこの世を牛耳っていた時代を思い出してみてください。
あなたたちはどんな扱いを受けてきましたか?
こうして良い暮らしができるようになったのも全て、頼朝公の御恩。
山よりも高く、海よりも深い御恩を、私たちはすでに受けているのです。
その御恩に報いようというあなたたちの志は、決して浅いものではないでしょう。
今、不忠の悪臣に惑わされた後鳥羽上皇が、誤った命令を下されました。
名を惜しむ者(※1)は、直ちに逆臣たちを討ちとり、三代にわたる源氏の遺跡(ゆいせき)(※2)を守り抜くことで、その御恩に報いるのです。
ただし、朝廷側につきたいという者は、今すぐ申し出なさい。
※1名を惜しむ…名声や名誉を大切にすること
「命惜しまず名を惜しめ」というのが鎌倉武士を象徴する思想であり、
「自分の名を汚すような恥ずかしいことはするな」という意味
※2遺跡…過去の人が残した財産、領地、地位など
なぜ政子のスピーチは御家人たちの心に響いたのか?
それではここから、政子のスピーチが聴衆の心を掴んだ理由について、スピーチライターの視点から考えていきます。
話し手・聴き手・目的の分析がきちんとできている
スピーチ原稿を書く際、私たちスピーチライターが一番初めにやるのが
・話し手は誰か?
・聴き手は誰か?
・なんのために話すのか?
この3点を明確にすることです。
この作業をしないと、話し手のひとりよがりなスピーチになってしまい、聴き手に興味を持ってもらえません。
今回のスピーチの場合、話し手・聴き手・目的はそれぞれ以下のようになります。
話し手:北条政子
聴き手:御家人
目的:御家人たちを幕府の味方にさせる
聴き手である御家人たちは、幕府の役に立ちたいと思う一方、朝廷を敵に回すことを非常に恐れていました。
そのため、幕府の味方をしてもらうためには、まず「朝廷を敵に回すことに対する不安」を取り除く必要があったのです。
そこで政子が行ったのが、構図の変更です。
先ほどの図をもう一度見てみましょう。
![](https://www.communis.jp/blog/wp-content/uploads/2024/02/構図変更前-1-1024x576.png)
この戦いは、朝廷のトップだった後鳥羽上皇が「打倒、鎌倉幕府!」を宣言したことで始まりましたよね?
でも、その事実をありのままに伝えて、「鎌倉幕府を守るために上皇と戦え!」と言ったところで、御家人たちの不安は払しょくされません。
そこで政子は、伝え方をちょっと変えたんです。
下の図を見てください。
![](https://www.communis.jp/blog/wp-content/uploads/2024/02/構図変更後-1024x576.png)
実はこの戦い、挙兵こそ上皇がしたものの、上皇に挙兵を進言したのは、鎌倉幕府に恨みを持つ家臣たちだったと言われています。(諸説あり)
政子は、この家臣たちにスポットライトを当てたのです。
挙兵は上皇のせいではない。
上皇をたぶらかしている周囲の人間たちのせいだ。
私たちが戦う相手は朝廷ではない。
幕府に弓を引く武士たちだ。
こう説明することで、朝敵になる恐れはないと御家人たちを安心させると共に、闘争心をかき立て、戦うための大義名分を与えたのです。
自分は何者か、聴き手はどんな気持ちか、このスピーチで何を変えたいのか。
この3点を正確に理解・分析できていたからこそ生まれた名スピーチと言えるでしょう。
聴き手の共感を獲得している
家族・友人・恋人・仕事仲間などと交わす日常会話において、共感が大切だということは、みなさんも日頃から感じていると思います。
それと同様に、スピーチにおいても、共感は必要不可欠な要素なんです。
でも「共感って何?」と聞かれると、なかなか言葉では説明しにくいですよね。
例えば、みなさんはドラマ・映画を観ている時や本を読んでいる時に、こんな気持ちになったことはありませんか?
「本当の友情ってこういうものだよね」
「このままやられっぱなしじゃ悔しいよね」
「恋は楽しいけど辛いこともあるよね」
この時、まさにみなさんの中には、共感が形成されているのです。
登場人物の状況や感情に自分を重ね合わせて、「わかるわ~」と思う感覚、それが共感です。
実は映画や小説の中には、この共感ポイントが複数設定されています。
それも意図的に。
なぜそんなことをするかというと、共感というのは、鑑賞者や読み手をストーリーに引きずり込む装置のような役割をするからです。
共感を繰り返すほど、鑑賞者や読み手は登場人物に深く感情移入していき、まるで自分のことのように、ストーリーの展開にハラハラドキドキワクワクシクシクするわけです。
このような作品を通して得られる共感を、スピーチにおいても意図的に形成し、聴き手に自分のことのように話を聞いてもらわないといけません。
政子はスピーチの前半で、この「複数の共感の獲得」に見事に成功しているのです。
・平氏の時代、源氏はひどい扱いを受けていた
・でも今は良い暮らしができている
・これも頼朝公のおかげだ
・その恩を忘れてはいないよね?
前半の話の内容をざっくりまとめると、こんな感じになります。
どの文章も御家人たちが「うんうん、その通りだ」って言いたくなるような内容になっていますよね?
そして共感を獲得した後で、後半の本題に入っています。
前半で共感をしっかり獲得したことで、政子と御家人たちとの間には一体感が形成されています。
この一体感が、聴き手である御家人たちをストーリーに引きずり込むのです。
スピーチだけを見ても、政子はなかなかの戦略家であったことがわかりますね。
言葉に説得力がある
スピーチにおいて重要なのは、話の内容がいかに正しいか、筋が通っているかだけではありません。
話に説得力を持たせるためには、話し手の性格・経験・日頃の言動が、とても重要になってきます。
例えば、みなさんはこの人を知っていますか?
![](https://www.communis.jp/blog/wp-content/uploads/2024/02/ムヒカ-1.jpg)
(画像:Wikipediaより引用)
ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領です。
ムヒカ大統領は給料の9割を貧しい人々のために寄付し、月12万円で生活していたため「世界一貧しい大統領」と呼ばれていました。
そんな彼が、2012年に開催された国連の会議で、こんなスピーチをしたんです。
発展は人類の幸福の為のものでなければならないのです。
つまり、愛、人間関係、子育て、友情を育むこと、そして必要最低限のものをもつこと。
(中略)
環境の為に戦うのであれば、人々の幸福こそが環境にとって不可欠な要素であることを決して忘れてはなりません。
一見、綺麗事に聞こえてしまいそうな言葉ですよね。
でもこれを、質素倹約を貫いていたムヒカ大統領が語ったからこそ、聴き手は「本当の豊かさとは何なのか」を素直に考えられたのではないでしょうか?
口先だけではなく、行動が伴っていたからこそ、説得力が増した良い事例です。
実は政子のスピーチについても、同じことが言えます。
政子は私情を介さずに、物事を冷静に分析・判断する能力に長けていました。
間違ったことをすれば、たとえ身内だろうと容赦はしません。
実際に政子の父親は、後妻の謀反に加担した罪で伊豆に追放されました。
そして長男は、女好きで家臣の妻を横取りしたり、乳母一族ばかりをひいきして公平性を欠いた政治を行っていたため、将軍職を剥奪され、同じく伊豆の寺に幽閉されています。
こういった普段の行いが「政子様なら冷静かつ公平なジャッジをしてくれる」という御家人たちの信頼につながり、彼らの心を揺さぶる原動力になったと考えられます。
政子のスピーチは何を変えたのか?
結論から言うと、この戦いで鎌倉幕府側は圧倒的大勝利をおさめました。
この大勝利をもたらしたのが、他でもない、政子のスピーチだったのです。
政子の話を聴いた御家人たちは涙を流し、一致団結して戦うことを決意しました。
それでは、この戦いに勝利したことによって、何が変わったのでしょうか?
一言で言うと、幕府と朝廷のパワーバランスに圧倒的な差が生まれたんです。
それまで、幕府と朝廷のパワーバランスは拮抗しており、争いごとや揉めごとが絶えませんでした。
そのため、戦いに勝利した鎌倉幕府は、ここぞとばかりに朝廷の権力を削ぎにかかったんです。
具体的に何をしたかというと、朝廷側の味方をした貴族や武士の持っていた土地を没収したり、朝廷を監視するための専門機関を京都に設置したりしました。
このような戦後処理によって、それまで日本の東国に集中していた幕府の支配領域を西国にまで拡大し、武家政権をより一層盤石なものにしました。
もしこの戦いで朝廷側が勝っていたら、その後の日本は全く別のものになっていたでしょう。
平安時代のような貴族の時代に逆戻りしていた可能性もありますし、武士の世である戦国時代や江戸時代も存在しなかったかもしれません。
そう考えると、政子のスピーチは、まさに歴史を動かす名演説だったと言えます。
まとめ
なぜ北条政子のスピーチは、御家人たちの心に響いたのか。
ポイントは以下3つです。
・話し手・聴き手・目的の分析ができている
・聴き手の共感を獲得している
・言葉に説得力がある
これらは心を揺さぶるスピーチを書く上で、おさえておかなければならない基本要素です。
みなさんも、これからスピーチをする機会があったら、ぜひこの3つのポイントを意識して、原稿を考えてみてくださいね。
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