「こころ」はどこにある?(その二)

書評

ゾウリムシに「こころ」はあると思いますか?
ネコは「こころ」で甘えていると思いますか?
ロボットに「こころ」は宿るのでしょうか?
そして、あなたの隣に座っているその人、本当に「こころ」はありますか?

ダマシオだったらこう言うはずです。
それぞれに違う「こころ」を持っています。

今回は、ダマシオの考える「こころ」の形について迫ります。

まずは、ゾウリムシの「こころ」の形から考えてみます。

 ゾウリムシには、まず目も耳もありません。光に少し反応するのと、主に味に反応します。想像してみてください。明滅と味だけの世界です。それらの情報を時系列で並べて、過去を思い出したり、未来を予想したりするための言語を持ちませんし、記憶するための神経がそもそもありません。ゾウリムシの「こころ」は、主体的に考えるというより、外部環境に反射的に反応しているだけのようなのです。

  次に考えてみたいのは、ハチです。

 ハチ一匹一匹には優れた目、耳、鼻、舌があります。さらに、とても敏感な肌感覚もあります。そして、外部からの入ってきた情報を処理するために、小さいけれど高度な脳神経も備わっています。すなわち、ハチ一匹一匹が自身の内と外とを明らかに区別し、認識することができるのです。

 ミツバチの巣箱の温度が上昇すると、幼虫の世話をしている働きバチたちは、その温度上昇を個体レベルで察知して、集団で羽ばたきをして巣箱の温度を下げようと働きます。このような行動は、暑さに弱い幼虫のためを思う「こころ」が働いて生じた行動なのでしょうか。それは、ちょっと違うようです。ミツバチは一個体が外部の変化を感じとると、まずその変化が集団に伝わり、何をすべきかが分かっているかのように集団行動します。これは、まるでヒトのように「こころ」をもって判断しながら行動しているかのようです。しかし、ミツバチの「こころ」は、外の状況を認識して状況に応じたプログラムされた高度な行動をしているに過ぎないのです。

  最近は、イヌよりネコのほうがブームらしいですね。

 ネコを飼っている方だったら、皆さん口をそろえてこう言うんじゃないでしょうか。ネコはちゃんと「こころ」を持っている。その理由は、ネコは、おなかがすいた時は誰におねだりすればよいかちゃんと考えて、飼い主である自分に「ゴロニャ~ン」と甘えてくるから。

 確かに、ネコの「こころ」は、ヒトと同じようにめまぐるしく揺れ動いているかのようです。その表情をじっと見ると、ネコ自身の欲求をどう満たそうか過去の出来事などを参考にして、「ゴロニャ~ン」の行動を選んでいるように思えます。ネコの行動にも「ホメオスタシス」が「こころ」に働いているようです。

  さて、ロボットはどうでしょう?

 将来さらにテクノロジーが進歩して、ヒトの持つ記憶や脳の中の情報を全部ヒトとは別の器に移し変えることが出来るようになったとします。そして、ヒトの動きに必要な骨格や筋肉もあっと驚く特殊素材で代用できるようになったとします。そうつまり、あなたの完全コピーが作られるようになったとしましょう。そのコピーにあなたの「こころ」までコピーすることが出来るでしょうか。あなたの完全コピーにはあなたの記憶も完全にコピーされていますが、好きな女の子を見かけた時、あなたと同じようにドキドキすることが出来るでしょうか。もしドキドキ出来たのなら「こころ」もコピーできたということでしょう。

 今ロボットと言えば将棋や囲碁ロボットでしょうか。超絶に進化したAI(人工知能)技術により、膨大なデータを記憶し瞬時に処理することで、最良手を出し続けるようにプログラムされた将棋や囲碁ロボットに、第一線級のプロが負けたというニュース。負けたプロは相当悔しかったでしょう。しかし、ロボットの製作者は大喜びをしたでしょうが、当の将棋や囲碁ロボットは、まだ、喜びはしないでしょう。

 遠い将来どのようなテクノロジー進歩が起こるかわかりません。ですが、今のAI技術を開発している方向性のまま進むのであれば、「こころ」を持つようなロボットは生まれてこないとボクは考えています。

 最後に、ヒトについて考えてみましょう。

 今あなたの隣にどなたか座っていますか。ドキドキするようなヒトでしょうか。あなたのドキドキを感じてほほを赤らめてくれるのならば、あなたと同じような「こころ」を持っているはずです。

  今回は、いろいろな「こころ」のあり方をみてきました。ゾウリムシのような微生物では外部環境に反射しているだけでしたが、ヒトに近づくほど、生物の神経系および認識のメカニズムがより高度で複雑になってくるにつれて、生物にとっての「快」をより求めるようになっていった流れが見えましたでしょうか。ダマシオ流に考えると、この流れは、個体のバランスをとるように働いてきた「ホメオスタシス」によって作られたと言えます。言い換えると、「快」を求め、その結果として「こころ」も一緒に複雑化・進化してきたと言えます。

 ダマシオは、ヒトなどの高度な脊椎動物において、末梢神経が「(内部)感覚」を察知し「情動・感情」が生じることを「アフェクト Affect」という言葉でくくっています。そして、個体内の「アフェクト」を「脳」が中枢神経を介して意識する時「こころ」が生じると考えています。

 さらに言い換えるならば、「快」を求める「こころ」のこの動きこそが「ホメオスタシス」なのではないでしょうか。

 こうボクが解釈するのを、強く支持してくれる科学的事実があります。それは、ボクたちには「脳内報酬系」が備わっているということです。

 「脳内報酬系」、なんだか難しそうですね。分かりやすく説明しましょう。

 1950年代のことです。カナダの研究者が、ネズミの脳のある部分に電極を埋め込み、レバーを押すと電極に電気が流れ脳を刺激するような実験を行いました。すると、ネズミは寝食を忘れて、ずっとレバーを押し続けるようになりました。これは、電極が埋め込まれた部分がちょうど「快」に強く反応し快感を増強する神経回路であったことに起因します。ネズミは食欲や睡眠欲よりも電気刺激による「快」を求め続けたのです。この神経回路は「脳内報酬系」と呼ばれ、齧歯類以上の脊椎動物にはあることもわかりました。

 言い換えると、この神経回路が無限ループに働くことにより、ヒトは「快」から逃れられなくなるのです。お腹いっぱいになった後でも甘いもの(糖質)が欲しくなり別腹と言い聞かせ、自分の欲望を抑え切れないことなりますよね。これは、この「脳内報酬系」による簡単には抗えない作用の一つなんです。

 さらに面白いことに、この「脳内報酬系」の回路に、偶然にも麻薬などの快楽を誘引する物質も作用することがわかりました。快楽を誘引する強力物質が「脳内報酬系」を強制的(無限ループ)に刺激することにより、依存症が引き起こされるんです。甘いものの誘惑と「人間やめますか」とまで言われる薬剤の依存症は、脳に同じような「快」な刺激を与えてたんです。

 「脳内報酬系」「こころ」を持つ動物に存在するという科学的事実は、ダマシオの「ホメオスタシス」を原動力として「こころ」が進化してきた説の根拠の一つに挙げられるのではないでしょうか。

 今回、ダマシオ流に「こころ」の変遷をみてきました。

 生物として進化したから「こころ」を持ったのではなく、「こころ」が進化すると同時に生命(生物)が進化してきたのだとダマシオは主張します。「こころ」は「からだ」であり、「からだ」は「こころ」なんです。「遺伝子」なんて、その過程で生じた祖先の性質を子孫に伝えるメカニズムに過ぎないんです。およそ140億年前の宇宙誕生、37億年前の生命誕生を経て、生命はヒトまで進化してきました。そして、生命そのものだけでなくヒト社会もホメオスタティックに進化し続けているのだと、ダマシオは強く主張しています。

 ダマシオの著書に関する解説も、次回が最終回となります。「ホメオスタシス」という機能はヒト社会をも制御しながら進化させてきたというお話をして、SNSの発達により個と社会の関係が変貌して不安定さが増した現代において我々はどう行動、どう生きれば良いのかをダマシオ流に考えてみます。

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