他人の悪口は、自分に言われている気分になる

HSP気弱さんの特徴

私が悪口を嫌う理由は、とてつもないショックを受けるから

私は昔から、悪口というものは好きではありませんでした。

悪口が好きって人もそんなにいないとは思うのですが、私の場合は、愚痴を聞いていると、私に対して言っているコメントじゃないのに、まるで私に向かって言われているような気分になって、ぐったりしたりとか傷ついたりとか、してました。

また、それに伴って罪悪感と、ときには「本人がどこかで聞いていたらどうしよう」「これが思わぬ形で最悪のことになったら(例えば悪口言われている人が自殺しちゃったりとか)」という不安もあって、そういう意味で、本当に内臓が気持ち悪くなるというか、苦手でした。

中学の頃は、悪口が盛んでした。別にいじめってほど大袈裟じゃないけど、A子とB子がいて、お互いがお互いの悪口を言っていて、昼休みにはA子にB子の悪口を付き合わされ、放課後にはB子にA子の悪口を付き合わされる、なんてこともありました。

あの時は、内臓がえぐられる気分で、この状況を打破する方法しか考えていませんでした。結局、打破なんて勇気ある行動はできず、その状況は卒業まで続きました。

友達は比較的多かった方だと思うけど、その分悪口に付き合っている回数も多いわけで、全然思ってもないのに同調・共感してしまうなど、本当に学校生活ではいろんな人間関係を学ばせてもらったなと思います。

大人になった今でも、悪口は苦手です。悪口というか、失礼なことが特に苦手です。

女性も男性も、テレビに出てるタレントとか、お笑い芸人とか、すぐキモいってはしゃいでる。

例えば、テレビに出ている女芸人のことをキモいを連呼している人がいると、私は、とってもグサグサきます。グーパンされてる気分になって、ぐったりして家に帰ることがありました。

例えばこれが、ゴキブリキモいとかだったら、全然傷つかないんですけど、人の外見を気持ち悪がるのは、斧振り下ろされたみたいなショックが体に走ります。

あと、ダウンタウンの松本人志さんが指原莉乃さんとかをいじるのは、傷つかないです。悪口じゃなくて芸だとわかっているからです。怖いのは、太ってるとかの外見もそうだし、ドキュメンタリーで語られる、例えば中国の田舎のおばあちゃんの言葉などは、たまにすごくショックを受けます。

「きもい」が特に苦手

悪口というか、私は個人的には「きもい」という言葉がピンポイントで特に苦手だと思います。

それ以外の「ブス」とか「デブ」とか「バカ」とか悪口って、たくさんありますが、特に私の場合は「キモい」が1番笑えなくて、1番しんどい言葉です。

LINEで友人から、「くっっっっそきもい」(これは男性に対してでした)ときた時にも、うげー!となったし、道でギャルが「きんもーー!!」と叫んでるのを聞いて、(多分これも悪い男の話)一度立ち止まって、呼吸を整える必要がありました。(笑)

キモいなんて、直接言われたことないし、トラウマがあるとかでもないのですが、他人同士が悪口を言っている状況は空気がまずくなって、とても苦手です。

カフェでも、よく自慢合戦している男性同士の客や悪口で盛り上がっている女性客ってたくさんいますが、私の場合は全部自分のことのような気がします。

そのお客さんには何も非はないのですが、カフェで読書をしたり仕事をしていてそういうお客さんの声が聞こえると、飲み物を一気に飲み干してすぐにお店を出ています。

以前に比べてメンタルブレイクしなくなった二つの理由

そんな私が、以前に比べてそんなにメンタルブレイクしなくなったのは、脳内が忙しくなったことと、一歩引いて見れるようになったことです。

脳内が忙しい状態というのは、単純に仕事がとても忙しくて、抱えている事業も多く、納品しなきゃいけない緊張感と責任感があり、私が進めないと進まない事業がたくさんあるということです。

仕事とプライベートと家事と、常に脳内が忙しいので、ふと耳に入った「きもい」も、そんなに深く受け止めなくなりました。今までも、予定を詰めるという意味では忙しかったのですが(深夜までバイトをするなど)、人に指示される側ではなく、人に指示する側になってからは、気を使う項目が格段に増えたので、精神が逆に安定しました。

カフェでの悪口はまだまだ苦手なので、席を代えてもらったり入る前に席の様子を見たりする習慣をつけています。

2つ目の、一歩引いて見れるようになったのは、寄り添うの真逆で、起きている現象を抽象化して理解できるようになったということです。

例えば、「地震で福島に住んでいる小5の少年A君が津波に巻き込まれて、最後の言葉は〇〇で、こういった形で亡くなりました。」って言われて、その映像と生きてたA君の映像見せられたら、誰だって悲しいし辛いけど、「震災で福島の〇〇人が亡くなりました。」って抽象化されると、直接的なショックは、薄まると思います。

抽象化されると、感情的にショックや興奮はしないと思っていて、そういう風に、抽象化して物事を捉えることで、反射的に起こる感情的なものとか、理性ではわかっていても感情的に湧き上がるものとか、そういったものを落ち着かせていると思います。

具体的には、道で大声で悪口を言う若者とすれ違うときに、その人たちを敢えて「人間が何か言ってるなあ。」と意図的に抽象的に理解するように工夫しています。

こないだ、隣の部屋からの声がすっごくうるさくて、「仕事も読書も何も手につかない・・・!」と反射的に思ってしまったのですが、そのときも意図的に「無料でサル山に来てるんだな。(もはや人間ともカウントしない。)」と意識的に妄想して、周りに向かっていこうとする自分の脳内のベクトルを無理やり壁をガシャンガシャンと降ろして、話の内容を理解しないようにします。

下品な人の声って特にすごく耳に刺さるから、なかなか完璧に遮断して集中したり、気にしないようにするのは難しかったりするのですが、一種の修行みたいな、脳のトレーニングだと思って、できるだけ楽しくやっています。

無意識で生活してしまうと、私の場合は街中の声(これは人同士の話し声だけではなく、広告や街全体全てのノイズのことです。)がわーっと入ってきてしまう体質なので、戦略的に、街と戦うように暮らしています。

ただ意識するだけでも、無防備でいるのとは全く状況が違くて、これだけでもかなり快適に過ごせます。

パブリックスピーキング入門セミナーがオススメです。

パブリックスピーキングとは、人前での話し方のことです。
このセミナーでは、人前で上手に話せる最短ルートを学べます。

突然、なんでスピーチのセミナー?全然違うよ!私が悩んでいるのは簡単にメンタルブレイクしてしまう自分の心を鍛える方法とか、他人に自分の意見を言えるようになる勇気だよ!と思う方も多いと思います。

このブログを読んでくださっているということは、気弱さん(断るのが苦手、人の顔色を見て話してしまうなど)なのかなと思うのですが、このパブリックスピーキング入門セミナーは、あがり症(人前で話すのが緊張する)だけでなく、どうやったら自分の意見をハッキリと他人に言えるようになるのか、どうやったら人に自分の思いが伝わるかの解決策になるような内容になっています。

私は元々超繊細の超気弱さんで、生きてるだけで、色んな情報が入ってきて苦しかったし、SNSは苦手だったし、それなりに楽しく生きていたものの、自分より他人の都合を優先しすぎてしまっていて、もったいない時間やお金の使い方をしていました。

そんな私が脱・気弱さんになれたのは、パートナーであり、スピーチライターの蔭山の影響がとても大きいです。彼はコミュニケーションのプロで、言いたいことがうまく言えない私が鍛えられたのも彼のおかげです。

そんな蔭山が講師です。費用は3,800円です。ぜひご検討ください!

次回は、5月22日13:00〜14:30です!

気弱で繊細な私の克服体験が、一冊の本になりました!

この度、気弱で繊細な私の克服体験と、みんなからのメッセージが、一冊の本になりました!!

タイトルは、
『「気弱な人」の失敗しない話し方』(WAVE出版)です!

著者は、私のパートナーでスピーチライターの蔭山洋介です。
蔭山は、あがり症やコミュニケーションで悩む人のサポートもしていて、私にもたくさんアドバイスをしてくれました。その支えがあったので、克服できたところも大きいんです。

書籍は、私はもう何回も読んでいるんですが、もしあなたが、
・「キミはどう思う?」が怖い
・自信がなくて、やりたいことが見つからない
・繊細すぎて、生きづらい
・お願いを断ることができない

こんなことに悩んでいる気弱さんだったら、本当に本当にオススメです。

私も、書籍に登場していて、蔭山から詳しくインタビューされています。写真でチラ見せ笑

3月5日から、全国書店にて販売中です。Amazonはこちらから。

コメント

タイトルとURLをコピーしました