【その他】学歴差別で苦労した話

その他

学歴を意識し続けて10年以上

私は、中学一年生の頃から学歴を意識して生きていました。

中学1年から高校3年まで、学習塾に通っていたんですけど、中1の頃から受験を意識したカリキュラムで勉強をしていました。毎月の模試には、志望校の合格判定がついていて、中1の頃から受験を見据えて、自分が今どの辺りのランクにいるのか、どのランクまで上げないといけないのかを意識していました。

そして、塾の先生と両親からは「偏差値の高い学校に行きなさい」と口すっぱく言われていて、同時に、「偏差値〇〇以下の学校へ行くなんて、将来が無いも同然だからね」「滑り止めの学校に行くなんて、人生終わりも同然だからね」「毎月このランクを取り続けないと、もうそれは、全然人としてダメだからね」みたいな脅しがありました。

今思うと、子供ってそれくらい言わないと勉強しない子も全然いるから、脅しというかそれも教育の一環として教えていたと思うんですけど、私の場合は、何でもガバガバ受け入れて鵜呑みしてしまう性質があるので、大げさに言ってるとかも特に思わず、真に受けていました。中1〜高3の6年間は「偏差値の低い学校へ行くと人生おわる」と本気で思ってました。

その後、そういう雰囲気の中、高校受験・大学受験を乗り越えて、大学へ進学しました。

地方へ行った時の一生忘れられない苦悩

大学進学したての頃、東日本大震災のボランティアへ行きました。そこでは、同い年の子の友達もできたし、地元の漁師さんとか職員さんと、とても仲良くなりました。

でも、私の中では今でも鮮明に覚えている事実がありました。

初めて、同い年の女の子と出会った時のことです。「はじめまして!〇〇です。よろしくね!」と明るく言ってくれて、本当に愛嬌があっていい子だなあと思って、すぐに仲良くなりました。

また、同い年の男の子もすごく優しくしてくれて、2人とも東北の地元の学生なんですけど、すごく心温かい2人だったんです。

で、その現地の2人と、東京から来た私1人、計学生3人と社会人という感じでボランティアのプログラムは進みました。

基本的に三人でいたのですが、すぐに、大学の話になりました。

「何大?」ってなって、2人のキャリアを聞いた時に、偏差値が低い大学だったんですね。

で、2人は、私のことを「すごい大学行ってるんだね〜賢いんだね!」みたいに褒めてくれてたんです。

なんて言ったらいいかわからないんですけど、中学校の頃からずっとずっと、「低学歴はダメだ」「お前はなんとしてもMARCH以上は行かないと論外だ」と言われ続けていたんです。学歴の低い人に対する批判や非難も何度も見てきたんです。

だから、自分の中で、第一印象としては、「学歴が低い大学に行っている子なんだな」と、もうこれは、抗えないくらい自然に、無自覚に、思い浮かんでしまう感情だったんです。

でも、目の前にいる新しくできた友達とは心の底から仲良くしたいんです。そんな、無自覚に学歴差別的な感情が出てしまう自分が嫌で、冷や汗かきながら、「無自覚で私、否定してないかな」「無意識に、相手が不快に思うような発言してないかな」と心配しながらコミュニケーションをしていました。

結局、そのときに出会った友人とは今でも関係が続いていて、頻繁には会わないけど信頼関係がある大切な友達です。仲良くなって、早5年以上になります。だから、初めて会った時には失礼なことも見下すようなことも多分私は言ってないんですけど、でも、そういう学歴をものさしにした感情が湧いてきちゃったんです。

その他、「ドコドコ大学か〜優秀だなあ〜おっちゃん、高卒よ。」とかタバコふかして、「ええなあ」たくさん言ってくれるおっちゃんとか、「立派だなあ。俺、勉強何もわからん。」って言いながら、でも釣り竿持たせたら右に出る者はいない、みたいな釣りのプロとかもいるわけじゃないですか。

で、いちいち、学歴のこと褒められてたんですけど、自分の中にある学歴差別がめちゃくちゃ嫌で、タバコふかしたおじさん最高にかっこいいし、皆それぞれスゴイし、私なんかより豊かそうな人生送ってるし、高卒とかその人を否定する要素でも何でもないのに、なんかすごい慌てちゃって、その時、高卒とか中卒とかって言われて動揺している自分の醜さや無意識に学歴で人を測っている自分が本当に嫌になりました。

他にも学歴差別で困ったことは、恋愛話

他にも、私は学生の間に、自分の大学よりも偏差値の低い大学の学生とお付き合いをした経験があるんです。

同じ大学の友達に「彼氏できた」って言うと、第一声が「何大?」なんです。皆、東大大学院卒とか慶應医学部とか、明らかに学歴の高い人と付き合ってるんです。そして、「自分より学歴低い人は恋愛対象外」って言ってる友達も何十人も知っているんです。

だから、私は元カレが自分たちより偏差値の低い大学に通っている学生ということを言えなくて、「なんか聞いたけどマイナーで忘れた」とか言って、ずっとはぐらかしていて、別れるまで誰にも大学名を言わなかったんです。というか、空気的に言えないんです。

そういうのって、今思うと奇妙な状況だなあと思います。

学歴の無力さを実感した究極の瞬間

私が学歴の無力さを肌身で実感した瞬間があって、それは社会人なりたてで会社で新入社員研修を受けていたときです。私が勤めていた会社には、東大大学院卒とか京大とか、賢い人ばかりだったんです。Fランなんていなくて、皆賢かったです。

その新入社員研修は、すごく洗脳色が強くて、私は「こんなのくだらないな」ってずっと思ってたんです。全然役に立たないことばかり教えられてテストされてるなって思ってたんです。あとは大声出して皆で泣くとか、研修が本当訳わかんなかったんです。

詳しくは別記事書いてますので参考に。

正直その時、「え、京大出てて、こんなショボい講義で泣くの?」(泣いてる京大生見て)とか、「東大大学院出て、こんなレベルの低い洗脳真に受けちゃうの?」って感じで、「え?本当にコイツらエリート?」ってめっちゃ思ったんです。口悪くてごめんなさい。

ポンコツエリートをたくさん見て、自分の中にある学歴差別とか、ますます不要だなと確信しました。同時にFランエリートも高卒エリートにも出会ったので、それも相まって、私の中で、学歴差別的な感情は吹っ飛びました。

学歴差別の感情って、あんまり持っている人いないらしい。

この記事を書いた理由は、中高大学と、学歴差別の感情を抱いている人達にずっと囲まれてきたのに、社会出ると、意外とこれがいなくて。塾講バイトのときとか、本当に露骨だったのになあ。

だから、意外と世間的に見たらレアな感情っていうことに最近気づいたので、書き起こしてみました。

高学歴で優秀な人もちろんいるし、低学歴でももちろんいるし、高学歴でも私の周りが中途半端だっただけで、本当に優秀な人は学歴差別なんてしないことも理解しています。

でも、私の場合は、「他人はこういう学歴差別的な発言をするけど、自分は思わない」とか、マイワールドもスルースキルも皆無だったので、受験戦争6年間やってきた結果、偏った考えがありました。

私が抱く感情も、偏った意見に過ぎないと思うけど、学歴差別は、私個人的には、あんまり要らないかなと思います。

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